厄ばらいの寺としてしたわれる清水寺は、今を去る千四百年前、用明天皇即位二年(587)、尊隆上人によって開かれた観音霊場である。
開基以前のこと、「山上に瑞光現われ、その光明を因として山を瑞光山と号し、また水の清く霊なるをもって清水寺と名づく」と伝えられる。
その後歳月を経て荒廃するも、中興開山盛縁上人復興に尽くし、大同元年(806)平城天皇の詔勅を受け、七堂伽藍を完備する。承和十四年(847)十一月、慈覚大師(天台座主円仁)、唐留学の帰路、当山に立ち寄り、光明真言会(現代の諷誦)を創め、これを機に天台宗となり、盛時には僧坊四十八を数えたと言う。
その後再三火災に遭うも、明徳四年(1393)、再び大伽藍を復興、今日の寺域を形づくる。戦国時代に入るや、尼子と毛利の戦いに巻き込まれ、毛利によって焼き打ちにあい、根本堂(現存)を除いて全焼す。
その後、毛利家、歴代松江藩主の庇護を受けて復興。地域の信仰を集め、安政六年、信徒の力のみにて山陰唯一の宝塔を建立する。
明治の神仏分離、昭和の農地開放と幾多の法難を受けるも、寺家・檀信徒、心を合わせて伽藍を維持し、平成四年(1992)、一万人余の浄財をあおいで、光明閣大講堂新築、根本堂(重文)解体修復の大事業を完遂する。
出雲観音霊場34カ寺のなかで一畑薬師とこの清水寺は、他を圧倒する迫力があります。
にごらじな きよみずてらに まいるみは こころのうちの つきぞさやけき

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