光明寺は、「夕やけこやけ」の童謡そのままの、たたずまいをとどめ、天下の名鐘、朝鮮渡来の重文、梵鐘所在の寺として、国道54号線が赤川と交差する加茂柳橋から西方約四キロの大竹山中腹に、うっそうと繁った森に囲まれ堂がそびえている。
現在、曹洞宗に属し、永平寺、総持寺の両大本山の流れを汲む当寺の歴史は古く、平安・奈良時代にまで遡ると言われるが、数時の火災により寺伝、古記録等ことごとく焼失して詳細はつかめないが、現存する前述の寺宝、朝鮮渡来「新羅鐘」の銘文や、縁起、境内周辺の樹木にまつわる伝承などから推察すると、弘法大師空海が唐から帰朝した翌年の大同二年(807)に随徒月桂上人が、この地を巡行し錫を留めたと言い伝えがある。この頃を山岳仏教寺院としての光明寺の創建とすることが出来るであろう。
本尊十一面観音立像は御丈一丈三尺五寸の桧の一木造りで出雲札所随一の巨像である。また、和泉屋黒田氏が寄進した巡礼接待の大湯釜、松江二代藩主綱隆公が眼病平癒のお礼に植えられた「つり鐘桜」などがある。また、近年、眼下に広がる眺望絶佳の景観と文化財、行き届いた自然保護により、青少年健全育成などの合宿研修の場としても広く開放されている。更に大事業として寺宝「朝鮮鐘」は、鋳造されておよそ千百有余年を数えるが、日本へ渡来して後、数寄な運命を辿り、明應元年(1492年)に光明寺に掛けられ、満五百年を迎えるにあたりこの鐘のふるさと韓国で複製鐘の鋳造が住職の発願で実現、新たな日韓親善の文化的国際交流活動として注目されている。
いくよへん おおたけやまの かんぜおん かみよも いまも ちかいかわらず

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